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チ ェ ロ の 観 察 日 記
Posted by ろろ

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自然という環境

今日は真昼に散歩に出かけました。

関東地方もまだまだ暑い日が続いていますが
季節は徐々に秋に移行しつつあります。

せみの鳴き声も、アブラゼミより
ツクツクボウシのほうが圧倒的に多くなりました。

100825a.jpg

街中でもあちらこちらでセミの死骸が目に付きますが
それでもまだ、こういう風景が見られるうちは
暑い日がつづくのかなとも思います。

公園では野草も少しずつ変化しているように思えます。
オオバコは若い葉より、硬い葉が多く
虫くいも目立つようになりました。

100825b.jpg
【休憩中のチャバネセセリ】

公園でいつも思うのは
自然と一体化できる瞬間があるということです。

誰もいない広い原っぱで夢中で野草を採っていると
沢山の虫が周りにいることに気付きますが
無理に触ろうとか思わなければ
かなり近くにいても逃げたりしません。

害が無いということを示せれば
虫でもある程度の距離は接近できるのです。

100825c.jpg
【ツマグロヒョウモン】

と言いながら、距離感で解るように
後者は意識しすぎて近づけませんでした。笑


さて。

今日は野草だけでなく、土の採取をしました。

チェロがいつも土をかじるので
少し前から小枝のくずなどを持って帰って
ケージに入れたりしているのですが
やはり自然の中で出来た土や木くずの方が
いいんじゃないかって思うんです。

僕のいつもいくあたりの森林では
枯れ落ちた葉や細かい小枝が沢山あり
その上にまた、セミや昆虫などの死骸が積もり
やがて風化して土になっている
そういう場所があります。

例えば同じ野草を採取したとしても
その場所によって食いつきが変わるように
土壌によって味も変わるんだと思います。

それはより良い土壌かどうかという点で言えば
極端な話ですが、ちゃんと生き物が育ち死んでいく
そしてまたそこら生命が育っていく
そういうサイクルがしっかり出来ている土壌ほど
より自然に近い健康な場所だと思うのです。

だから多少食べちゃってもあんまり気にしません。
野生のリクガメはきっとそうして
足りない栄養を補っているはずです。

もちろん鳥や犬猫の糞尿による害も
多少はあるかもしれませんが
それだってある程度は同じだと思うんです。

もちろん持って帰ったものは全て洗いますが
気にしすぎが一番良くないと。

そういうことを考えながら自然の中にいると
オオバコの上で羽を休めるハエとか
別に殺さなくてもいいじゃんって思えてきます。

人間だけなんですよ、むやみに他の生物を殺めるのは。

採取している横の花の下でクモが休憩していて
その上の花に蜂がとまって蜜をあつめていましたが
クモは一切、蜂を捕まえようとしませんでした。

ハエも蜂もクモも、自然の中で
ある程度共存しながらしっかり生きてます。

僕はこの先も、そういう事が
ちゃんと実感できる大人でありたいと思いました。

ちょっと小難しい話でした^^;


で、相変わらずチェロは・・

100825d.jpg

クローバーと靴しか食べてくれません。笑

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